My Colors

誠小@蒲田

さぁ~んし~んぐゎぁ~
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「もしもし~○○さん?今日なんですが登川誠仁のコンサート、行けなくなったので代わりに行きませんか~?」
三線つながりの知人からの今朝の電話。天の声です^^;
ふたつ返事で「行きま~すっ!」
経緯を話すと長くなるので・・ということで、「登川誠仁 民謡ショー ~セイ小の島唄とゆんたく~」へ行ってきました~ぐゎぁ~^^;

偉大な「誠小」(セイグヮー)、登川誠仁の7年ぶりの東京単独公演です!
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「琉球民謡協会名誉会長、沖縄の歌の流派としては最大のメンバー数を抱える登川流の宗家、 沖縄県指定無形文化財琉球歌劇保持者、琉球古典音楽・湛水流名誉師範等といった肩書きを 持ちながら、沖縄を舞台にした大ヒット映画『ナビィの恋』等で見せたその愛嬌のある人柄で多くの人を 惹きつける登川誠仁。 戦後最大の沖縄民謡ブームを築き上げた功労者であり、現役最高峰の唄者と称される登川誠仁の 島唄とゆんたく(おしゃべり)をたっぷりとお楽しみ下さい。」っていうコンサートです^^;

登川誠仁(のぼりかわ・せいじん)とは・・
1932年生まれ。若い頃から野良仕事を終えた青年男女の“毛遊び(もうあしび=歌垣)”に聴き入り、三線を自作し独学で歌を覚える。終戦後は米軍キャンプで働き、黒人兵からアメリカ音楽を教わった。その後、才能を認められて沖縄の芝居に地方(じかた)として参加。その腕は50年代末から60年代にかけてさらに発揮され、戦後最大の民謡ブームの基礎を築く。2004年にはめでたく古希を迎えたが、いまも県内外で積極的にライブを行い、多くの民謡ファンをうならせている。
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まあとにかく凄い誠小大先生なのですが、実は持ち歌をあまり知らなく、しかも急だったので、事前仕込みもままならぬまま行ってきました。大田区民ホール。
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<=== ステージ ===>
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って感じの上手側前から二列目の席。
とても見やすくて、ほんの7~8m先には誠小大先生が唄三線してるのです!

沖縄標準語ゆんたくが中心なので、言ってることの半分くらいしかわかりませんでしたが、失礼ながらほんとに人の良い愛すべきおじいちゃん(笑)

プログラムはあるのでしょうが、「次なにやるんだっけ?」とか、歌詞がわからず2フレーズ目からの歌い出しもしばしば。今年78歳なので無理もありません。

門下生の若手、仲宗根創さんをかなり前面に出し、掛け合いのやりとりなどはまるでジャズのセッション。

(ホール内の写真は当然無いのでyoutubeから拾ったものを・・ペタっ)
富原ナークニー


ナークニー・山原汀間当


やっちゃー小、かいされー


ヒヤミカチ節


時代は変われど、人の情けや心は変わることのないように、「唄は心」と言う語りや、八重山の人ほど上手くないけど、だいたい似てれば良いんだよ、と唄ったトバラーマなんか心に響きました。

二上げ、一上げ、一下げ!
いろんなバリエーションは自分には到底真似できないもの。
お馴染み「安里屋ゆんた」では、「さぁ~ゆいゆい」の部分しか唄わず、同じちんだみで一人だけ1オクターブ上を弾いて遊んでいるよう。
実は時たま三線も間違えているのですが、良いんですそれで!と言った感じで、楽しい唄三線。

「息をするのを忘れないように」と何度も語っていましたが、末永く活躍されることを願うばかり!

最後は誠小大先生自らが(腰を押さえながらですが^^;)カチャーシーを踊り、会場は総立ち。

夢の二時間。あっという間でした。
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おしまいっ!^^

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by tetora-u | 2010-06-20 00:35 | Tokyo