My Colors

漲水のクイチャー

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三線歌会の前は、新しく覚えたい曲があっても自重していたためか、終わった後はやりたい曲の波がドッと押し寄せてきました。

宮古や八重山の民謡では片手で足りないくらいだし、沖縄民謡でも三下げの情け唄や早弾きの曲など候補が盛りだくさん。

何から手をつけようか迷うばかりで、結局何も手をつけていません^^;

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そんな中、「先々に向けて皆で唄三線出来るようにしよう!」と、いつものお店でマスター達と練習をし始めた曲が、「漲水のクイチャー」。



もう2年以上前から、高齢者施設への三線慰問などでやっていながらも唄は他人任せで、工工四も見ずに音を聴き取って本調子で適当に三線だけ弾いていた曲です。

こういう曲って、いざ工工四を見て真面目に弾こうとすると弾けないもの。

まして工工四は本調子でなく二揚げのものと三下げのものがあります。

まあ、一カ所ある「合」と「老(下老)」の音の違いを注意するくらいなので、大勢に影響ありません。

手(三線)はどうにでもなるので、今回は「しっかり唄えるようにする」ことを目標を持って、夏休みの無い今週の通勤電車では、ずっと「漲水のクイチャー」を聴いています。



沖縄本島の「カチャーシー」、八重山の「六調」、宮古の「クイチャー」。

「クイチャー」とは、「声(クイ)を合わせる(チャー)」という意で、唄と踊りの両方を意味し、盆踊りみたいなものと表現されることもあります。

しかし、「漲水のクイチャー」の意味は他の踊りとは背景も内容も違っています。

「クイチャー」は「雨乞い」の唄として生まれたと言われてますが、この「漲水のクイチャー」は、「人頭税」の重荷を自分たちの力で取り払ったときの喜びと怒りと願いが込められた唄です。

「人頭税」(にんとうぜい)とは、薩摩藩に支配されて多額な税により財政が困窮した琉球王府が、宮古・八重山地方に(貧民ほど重い負担となる)厳しい納税を課したもの。

15歳から50歳までの人すべて、男は穀物、女は織物を納めなければならず、払えなければ殺されるなどの過酷なもので、1600年代から、つい100年ほど前の最近まで続いたという重い歴史があります。


宮古民謡の大御所である国吉源次さんは、「うさばらしをするために村々で踊りおこった歌だとおじいさん、おばあさんから聞かされた。腹いせの歌。実際自分も首里城の殿様がいたところを見てむかついた。(宮古の)人にあれだけ苦労させて食べるものも搾りこんなにしてたのかと」と語っています。

こういう想いもあることに絶句です。

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敗戦の日の8月15日。お盆ということもあり、母から聞いた大空襲時の話も思い出しながら、歴史を振り返る1日となりました。
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by tetora-u | 2013-08-15 22:55 | Tokyo