My Colors

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別れの煙

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下期に向けて毎年この時期は営業的に忙しいのですが、休めない中でも何とか体調は戻ってきた感じです。

でもそんな状況なので、唄三線の新しく覚えようとしている曲は、あまり進んでいません。

現在いくつかあるうちのひとつは 「別れの煙」(わかりのちむり)。

作詞作曲は、知名定繁(ちな ていはん)さん。有名なかたですが、知名定男さんのお父さんと言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。

就職や進学などで、沖縄から本土に船で旅立つ子と、山に登って見送る親の情景を描いた三下げの情け唄。

那覇の港まで送っていけない親が、山に登り木を燃やした白い煙を上げ、黒い煙を上げる船に乗る子を見送る。

黒い煙を上げる船に乗る子は、親が上げる山の上の白い煙を見つけて別れを告げる。

親から見る映像と、子から見る映像が交互に現れ、最後は引いて両方を映した映像が浮かぶような名曲です。

参考動画は最近ご一緒したかたのもの^^


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by tetora-u | 2013-08-31 01:30 | Kanagawa

帯状疱疹

三線練習会の時から、「今日は左手が動かないなぁ」と感じてましたが、帰宅時から左耳後ろの後頭部が痛くなってきました。

見えない場所ですが、触ってみると、ポコポコ腫れていてピリピリとした表面の痛み、そして浅い場所の出来物っぽい痛みで、左の頭部から指先までが痺れた感じ。

先週あたりから違和感はあり、頭の痛みが徐々に増す感じだったので、月曜日の昼休みに病院へ行って診察してもらいました。

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お医者さん 「帯状疱疹ですね」

私 「えっ!?帯状疱疹って、もっと痛いイメージがあるし、髪の毛が生えてる頭部でもあるのですか?」

お医者さん 「症状の出る場所は様々です。まだ初期で痛みが激しくならないうちに受診して良かったですよ。」

私 「はぁ~そうですか」

お医者さん 「ちょっと高い薬だけど・・4~5千円くらいかなぁ、それを朝昼晩に2錠ずつ、今週中は飲んでください。で、だいたい良くなると思いますよ。」

私 「い、1錠で4~5千円ですかぁ~!? (計算も出来なくなり帰ろうとする)」

お医者さん 「(笑いながら) 一週間分で約4~5千円です」

私 「・・・ (ホッ)」

お医者さん 「今は薬で治療できるけど、顔に広がったり目に行くと大変なことになるから、少し前だとアナタ即入院ですよ。」

私 「はぁ。。。ちなみに人に移ったりとか、普段気をつけることはありますか?」

お医者さん「移る病気ではないから、薬を飲んで安静にしていれば大丈夫です。」

私 「ちなみに左手の痺れは?」

お医者さん 「帯状疱疹が直接の原因ではないでしょうが、リンパが腫れてるし肩こりなども原因と考えられます。とにかく安静。続くようでしたら精密検査となりますね。」


そんな感じのやりとりでしたが、まあ、いろいろくたびれてきてるのでしょう^^;
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by tetora-u | 2013-08-28 21:41 | Tokyo

チューリップを唄う夜

日曜日は沖縄県人会BBQへの参加か迷ったものの、いつものお店で三線練習会を行いました。

主な練習曲は「なりやまあやぐ」と「豊年の唄(あやぐ)」。共に宮古民謡の代表曲で新人賞課題曲にも選ばれる曲です。

そのまま店の営業時間も居続けて計8時間ほど^^; 「かぬしゃまよー」など復習中心の三線Dayとなりました。

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三線を弾いてると「私も弾いてみたい」と声がかかることがあります。

この日は、お客さん3組4名が希望されたので、それぞれ初三線に挑戦してもらいました。

持ち方や弦の扱いなど、あまり細かいことは言わすに、まずは音を出して楽しんでもらうことに。

短い時間でも結果的に皆さん 「咲いた咲いた」の ♪チューリップ♪ は弾けるようになりました。

「出来たよ~聴いて~!」 と、連れのお客さんに披露。

少したどたどしいので周りも ♪ドレミ~ドレミ~ソミレドレミレ~♪ と唄ってサポート。

お酒も入った大人たちが、♪チューリップ♪ を唄う夜となりました。
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by tetora-u | 2013-08-26 21:50 | Tokyo

TPリクエストアワー

●TPリクエストアワーの行宗蒼一さんのその後が気掛かりである。

まだ^^;続けている「群馬県人チェック!」の中で気になった懐かしのキーワード「TPリクエストアワー」。

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「TPリクエストアワー」とは、1980年頃に毎週土曜日午後にNHKーFM前橋放送局で放送されていたローカルラジオ番組です。

ラジカセの録音ボタンに指をかけ、撮りたい曲がかかると慌ててポチッと押したりとか、同世代の人は経験あると思います。

そのパーソナリティが冒頭の行宗蒼一さん。行宗さんのNHKらしからぬトークには、たくさんのファンがいたと思います。(私もその1人)

今だから言える?恥ずかしい過去ですが、リクエストはがきを出したこともあり、それを読まれたこともあります^^;

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当時の音楽シーンでは、ヤマハのポプコンというアマチュアからプロへの登竜門と言える音楽コンテストが有名でした。

世良公則、円広志、クリスタルキング、などなど、挙げたらキリがありません。

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そのポプコンの県大会?で従兄弟が優勝して「TPリクエストアワー」に出演した際も、行宋さんの毒舌トークの洗礼!?にあいました。

叔母は確か「もうNHKは観ない聴かない」と怒りながら瞳は笑っていた記憶があります。

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見た目が私に似ていると言われる従兄弟のレコードを聴いて思ったことは、「自分の声とそっくり・・」^^。

すっかり忘れていた懐かしい思い出です。
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by tetora-u | 2013-08-25 23:45 | Gunma

旧井上房一郎邸

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高崎市美術館に併設されている「旧井上房一郎邸」。

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井上房一郎氏とは、「群馬交響楽団」の創設に力を尽くすなど、文化活動に大きな足跡を残す高崎市出身の実業家。

高崎市のシンボルのひとつでもある「音楽センター」設計者で氏と親交のあった建築家アントニン・レーモンドの建築スタイルを取り入れた建物が「旧井上房一郎邸」とのことです。

上記の説明、無知な私はもちろん知りませんでしたが、「群馬交響楽団」や「音楽センター」は、馴染みのキーワードです。

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先日の記事での「群馬県人チェック!」のサイトは、「旧井上房一郎邸」を調べた流れで見つけました。

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そこでも「群馬交響楽団」や「音楽センター」は、やはり登場します。

●群馬交響楽団を誇りに思っている

●コンサートと言えば県民会館か音楽センター

もちろん2つともYESです

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「旧井上房一郎邸」に話を戻すと、外観はこんな感じ。

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で、看板の写真はこんな感じ。

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後ろのマンションが消えてます^^
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by tetora-u | 2013-08-24 01:10 | Gunma

ダンボールアート遊園地

(高崎シリーズ続けます)

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東京へ戻る前に、高崎市美術館で開催している「ダンボールアート遊園地」を面白そうなので見に行ってみました。

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展示している作品は見事なもので、作品に触れられるエリアもあり、子どもたちの瞳はキラキラと輝いていました。

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身近な素材を使ったユニークなアート、きっと子どもたちの創造の世界も広がったことでしょう。

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夏休みにタイムリーな企画でしたね!

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PS. 祝! 前橋育英高校 甲子園優勝!!!
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by tetora-u | 2013-08-23 00:07 | Gunma

LOVE TAKASAKI

同窓会の翌日、高崎駅前で自転車を借り、まず向かった先は母の墓参り。

そして仕事で葬儀に行けなかった亡き叔母宅へ新盆のお線香をあげに行き、さらに別の叔母宅へ挨拶の顔出し。共に高崎駅近くに住む母の姉妹です。

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思い出話に花を咲かせた叔母宅を後にしてから、高崎の街をチャリで颯爽と流す。汗だくになりながら。。^^;

母の故郷で、母が大好きだった街、高崎。 今は「LOVE TAKASAKI」の文字があちこちで見受けられます。

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母と一緒に高崎の街を歩いた際は、次から次に母を知る人から声がかかったことが思い出されます。

かつては賑わった街もシャッター通りばかりになったけど、埋もれていた思い出がひとつまたひとつと蘇った夏の1日となりました。

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墓参り後の行動の記事なので、少し沈んだトーンになるのは仕方ないですね。



なので少し雰囲気を変えて。。。

コレを見て、ひらがな1文字を連想してください。さて、どんな文字が浮かぶでしょうか?

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私は「え」です。

他県の方にはわからないでしょうが、「上毛カルタ」の「え」=「縁起だるまの少林山」です。

群馬県人チェックというサイトがあります。

その冒頭が↓

●上毛カルタをすべて暗記している。
 ⇒小さい頃はすべて記憶してましたが、さすがに忘れてきました。でも群馬県民で上毛カルタを知らない人はいないでしょうね。

ついでにいくつか^^;

●『力合わせる・・・』の次に『190万!』と言う人と『200万!』と言う人で上毛カルタの世代が分かれる。
 ⇒これも上毛カルタの句。おじさんは『力合わせる160万』だ!

●運動会の組分けは、赤城(赤)、榛名(青)、妙義(黄)、浅間(白)の4つが基本である。
 ⇒大きい学校はそうだったかもしれませんが、私が通った小学校は、赤城(赤)、榛名(緑)、妙義(白)でした。

●方角は山を見て判断する。
 ⇒確かに!^^赤城、榛名、妙義、浅間の山々は判断基準ですね。

●贈答品は、高島屋より、西武より、何より「スズラン」ががありがたみがある。
 ⇒高崎のデパートといえば「スズラン」が別格です!

●高校は男子校(女子校)だった。
 ⇒当然だんべ!^^(公立は男子高・女子高率が異常に高い県なのです)

●子供のころ「プラザアテネ」を見上げては「あそこに行きたい」と親を困らせたことがある。
 ⇒頑張ってお城みたいな高級ラブホへ行こうとしてる友人にカンパしたことはあるけど残念ながら行ったことはないなぁ。。

●シャンゴのスパゲッティーが一番美味しいと思う。
 ⇒大学生の頃に帰省すると必ず行ったっけ。。

●話の語尾を「なんさ~」と付けるのが方言だと言う事を知らなかった。
 ⇒「いくんかい?」「そうなんさ~」とかね^^;

●海が好きだ。
 ⇒海なし県民の憧れですよね~

まだたくさんあったけど、このへんで。。
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by tetora-u | 2013-08-20 23:06 | Gunma

テトラのイタズラ?

今日で先代猫のテトラが旅立って一年。

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(写真は12年前の初夏、テトラが5歳時のもの)

思い出すと悲しい日だけど、今日がおめでたい記念日という方もいるでしょうから、誰かのおめでたい日と考えるようにしています。


そんな中で、5年に一度という同窓会も重なったし、タイミング良く(悪く)更に2つほどの出来事がありました。


まずひとつ、また!エアコンが壊れて冷えなくなったこと。。

無償交換期限は過ぎているけど、今までの経緯が経緯なので、問答無用に新品交換させることにしました。でも交換までの約一週間、また暑いのを我慢しなければなりません。


もうひとつ、玄関の鍵が壊れて鍵がかけられなくなったこと。。

同窓会疲れを考慮して、今日は予め休みを取っていたのですが、鍵交換できる夜までは外にも出られず、たった1日の夏休みは暑い家の中で終わりました。


悲しみを紛らわすためのテトラのイタズラと考えて笑うしかありませんね(^_^)
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by tetora-u | 2013-08-19 23:10 | Tokyo

十五に戻った五十の夏

故郷ゆきの切符を買って、行ってきました。

気持ちは十五歳に戻った五十歳の夏の中学同窓会。 四十歳の夏、四十五歳の夏に続き、今回が三回目となります。

前回の同窓会で「もうみんなに会えるのは最後かも」と笑いながら言ってた 親友 は、胸ポケットに入れた写真だけど、今回も一緒に同窓会出席です。

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通ってた中学は四つの小学校から集まる学校で、同窓会幹事は今のところ各小学校卒業生が持ち回り。

今回は私の通った小学校が幹事役のため、代表幹事が現着すると聞いた受付開始の一時間前に合わせて会場の高崎のホテルへ。

地元の同級生も分担して準備していたけど、私は事前に何も協力できていなかったため、酒を飲めない強み!?を活かしてせめて当日手伝いくらいはするよ、と連絡して早めに行きましたが。。

早すぎたのでしょう。誰もいません。。(^_^;。。なので、とりあえず無人の受付の写真を1枚パチリ。

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(その後は何だかんだと結局は一枚も写真は撮りませんでした。最近はカメラを持って出てもカバンから出すことなく終わるケースばかり^^)


受付を手伝い、みんなが会場入り後に名簿と金額の合うことを確認し、先生への記念品買い出しを美女二名に頼み、席自由の同窓会会場へようやく入った時は開始からしばらく経ってから。

途中からだとどの輪に入ろうか?どこにも入るに入れない?と 一緒に受付後処理をしたマイケル(注:日本人)と顔を見合わせましたが、ありがたいタイミングで「こっちこっち」と輪に招き入れてもらい一安心。

7クラスあったため、小学校も違ってたりすると話をしたことの無い人も多いけど、やはり同窓会、初めて話をする人でも懐かしい気持ちで楽しめました。


頃合いを見て、来ていただいた恩師のM先生とS先生にもご挨拶。

M先生は中学3年の時の担任で、優しい瞳をした女性の先生。国語が主担当の先生が好んで使った言葉、「一期一会」は今でもしっかり身体の中に染み込んでいます。

S先生は縁が深く、まずは私の兄が小学校の時に担任をしていただき、その翌年から三年間、私が小学校四年~六年までの担任。中学へ上がると同時にS先生も中学へ異動されたため、我が家は7年間もお世話になりました。問題児だった記憶はありませんが、家庭訪問以外もよく家に来ていただいてた記憶があります。

その二人の恩師が口を揃えて私のことを「可愛い顔をしたおとなしい子だった」と三回ほど繰り返し^^、それとは別に今は良い顔つきになったと言われ嬉しかったです。先生もいつまでもお元気で!


同窓会は盛況に終わり、2次会・3次会・4次会・・と遅くまで、お茶やジュースやコーヒーやらで旧友たちと楽しく過ごしました。いつも暖かく迎えてくれる仲間には心から感謝です。

3次会はファンキードックさんのお店でお世話になりました。(お洒落なお店でうるさくしてすいませんでした)

次の同窓会は何年後にどこでやるか未定ですが、また笑顔での再会を楽しみにしています。

単身赴任中で地元にいないにもかかわらず頑張り抜いた代表幹事のZ坊には感謝感謝感謝です。


最後に今回感じたことのひとつが、喫煙者が減ったこと。

受付開始前の会場担当者さんとの打ち合わせで、喫煙可とするか禁煙にするかの問い掛けに、非喫煙者のZ坊が私をチラッと見る。ここは喫煙者が言わないとダメだろうと思い「禁煙で」と言いました。

結果的に非喫煙者もタバコをを気にすることなく会を楽しめたし、たまに足を運んだ喫煙所は思ったより人が少なかったです。

時代の流れですね。
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by tetora-u | 2013-08-18 21:47 | Gunma

漲水のクイチャー

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三線歌会の前は、新しく覚えたい曲があっても自重していたためか、終わった後はやりたい曲の波がドッと押し寄せてきました。

宮古や八重山の民謡では片手で足りないくらいだし、沖縄民謡でも三下げの情け唄や早弾きの曲など候補が盛りだくさん。

何から手をつけようか迷うばかりで、結局何も手をつけていません^^;

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そんな中、「先々に向けて皆で唄三線出来るようにしよう!」と、いつものお店でマスター達と練習をし始めた曲が、「漲水のクイチャー」。



もう2年以上前から、高齢者施設への三線慰問などでやっていながらも唄は他人任せで、工工四も見ずに音を聴き取って本調子で適当に三線だけ弾いていた曲です。

こういう曲って、いざ工工四を見て真面目に弾こうとすると弾けないもの。

まして工工四は本調子でなく二揚げのものと三下げのものがあります。

まあ、一カ所ある「合」と「老(下老)」の音の違いを注意するくらいなので、大勢に影響ありません。

手(三線)はどうにでもなるので、今回は「しっかり唄えるようにする」ことを目標を持って、夏休みの無い今週の通勤電車では、ずっと「漲水のクイチャー」を聴いています。



沖縄本島の「カチャーシー」、八重山の「六調」、宮古の「クイチャー」。

「クイチャー」とは、「声(クイ)を合わせる(チャー)」という意で、唄と踊りの両方を意味し、盆踊りみたいなものと表現されることもあります。

しかし、「漲水のクイチャー」の意味は他の踊りとは背景も内容も違っています。

「クイチャー」は「雨乞い」の唄として生まれたと言われてますが、この「漲水のクイチャー」は、「人頭税」の重荷を自分たちの力で取り払ったときの喜びと怒りと願いが込められた唄です。

「人頭税」(にんとうぜい)とは、薩摩藩に支配されて多額な税により財政が困窮した琉球王府が、宮古・八重山地方に(貧民ほど重い負担となる)厳しい納税を課したもの。

15歳から50歳までの人すべて、男は穀物、女は織物を納めなければならず、払えなければ殺されるなどの過酷なもので、1600年代から、つい100年ほど前の最近まで続いたという重い歴史があります。


宮古民謡の大御所である国吉源次さんは、「うさばらしをするために村々で踊りおこった歌だとおじいさん、おばあさんから聞かされた。腹いせの歌。実際自分も首里城の殿様がいたところを見てむかついた。(宮古の)人にあれだけ苦労させて食べるものも搾りこんなにしてたのかと」と語っています。

こういう想いもあることに絶句です。

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敗戦の日の8月15日。お盆ということもあり、母から聞いた大空襲時の話も思い出しながら、歴史を振り返る1日となりました。
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by tetora-u | 2013-08-15 22:55 | Tokyo